パウロはイエスに直接会ったことがあるのか?

Question: “パウロは直接イエスに会ったことがありますか?”
Answer: 使徒パウロの宣教の最前線には、イエス・キリストとその救いの業という主題がありました。 「もし私が福音を宣べ伝えないなら、災いだ!”と彼は言いました(1コリント9:16)。 この偉大な使徒は、イエスがイスラエルの約束されたメシアであり、また異邦人の復活した主であり救い主であることを人々に納得させることに一貫して伝道活動に力を注いでいました。 イエスのユニークなアイデンティティーはパウロの神学の中心であった。
しかし、パウロはキリストの3年半の公職の間にイエスに会ったことがあっただろうか。 未来の使徒は、イエスを直接見たり聞いたりしたことがあるのだろうか。 直接的な証拠はないが、パウロが十字架につけられる前にイエスを見た可能性があるという考えを支持するいくつかの考慮点がある。 第一に、パウロは子供の頃エルサレムに住んでいて(使徒22:3)、数年後ステファノの石打ちを承認するためにそこにいたのです(使徒8:1)。 パウロが改宗した後、パウロの甥がエルサレムにいたことから(使徒23:16)、パウロとその家族はしばらくの間、エルサレムに住んでいたことになります。 イエスはエルサレムを訪問したことが知られています(マルコ11:11、ヨハネ2:13、5:1)。
第二に、パウロの律法への献身は、彼とイエスが共に近くにいたであろう過越祭の間、エルサレムに滞在する動機を与えたでしょう。 第三に、パリサイ人であったパウロは、型破りではあっても、人気のあるラビの教えに強い関心を抱いていたであろう。 パウロがヘロデ・アグリッパに語ったように、イエスのなさったことは「片隅でなされたのではない」(使徒26:26)のである。 第四に、パウロの書簡の一つで、使徒は彼がイエスと改宗前の知人を持っていたかもしれないことをほのめかしています(2コリント5:16)が、彼の声明は決定的なものではありません
これらの考察のどれもが、カルバリーでの彼の贖罪死の前に、パウロが個人的にイエスを見たか聞いたということは決して立証しません。
もちろん、パウロはキリストの復活の後、ダマスコの道で主イエスに会いました。 パウロに対するイエスの出現は、キリストの昇天前の出現とは性格が異なっていたかもしれませんが、イエスの声(使徒9:7)と明るい光(使徒22:9)がパウロの旅の仲間によって知覚されたように、このパウロとの出会いは単なる主観的な幻ではありませんでした。 主はパウロを選び、異邦人にもイスラエルの子にも御名を宣べ伝えさせた(使徒9:15)。 パウロはその後、キリストの福音のために激しい迫害を受けました(使徒14:19、2コリント11:25-26)。 恵みの福音が地中海世界に広がったのは、彼のたゆまぬ努力によるものであった

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